おばあちゃんとのお別れ

母方の祖母が亡くなり、葬儀のため帰省していました。

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大切な気付きがいろいろあったので、忘れないように記しておきます。

おばあちゃんの死を通して、ひとはどんなに元気でも、年を取ると身体が弱っていつか必ず死んでしまうということ。
だから今、家族や友人と楽しく過ごせる時間は有限であり、本当にありがたいことなのだなあとしみじみと感じました。

私は初孫で可愛がってもらったということもあり、葬儀では弔辞を務めさせていただきました。
孫からの弔辞ということで、形式張らずにおばあちゃんへのお別れの手紙、お別れの言葉としました。
つたない文章ですが心をこめて書きました。
(○○○は私の本名)


おばあちゃんへ
初孫の私をはじめ、私達みんなを可愛がってくれてありがとう。

子供の頃、おばあちゃんのうちへ遊びに行くと、おばあちゃんはいつも「○○○はおこわが好きだから」と言って、朝からおこわを炊いて待っていてくれたよね。あのゆかりが入った固めのおこわがなんだか無性になつかしいです。
他にもいつもこたつの上いっぱいにおかずを並べてくれていたよね。「○○○はなんでも食べるから張り合いがあるわ」とおばあちゃんが喜ぶから、本当はあまり好きじゃない野菜やお豆も食べるようにしていたんだよ。だけど子供のときはわからなかったけど、私も大人になって家庭を持って子供ができて、あの頃おばあちゃんが食べろ食べろって勧めてくれていたおかずが、どれも身体にいいものばかりだったんだなあって今になって気付いたんだよ。いつも家族のためを想ってこしらえてくれていたんだね。
おばあちゃん、ありがとうね。

お正月やお船祭りや御柱のときは、親戚みんなで集まったよね。おじいちゃん、おばあちゃん、おじちゃんおばちゃん8人、孫8人でぎゅうぎゅうに詰めて座って、にぎやかで楽しかったよね。
おじいちゃんはいつもテレビの前でお酒を飲んでいて、おばあちゃんはいつも台所の戸を入ってすぐのたんすの前に座っていたよね。今でも下諏訪のうちに行けば、いつもの場所におばあちゃんが座っているような気がしてならないのに、もう会えないだなんて、さみしくて仕方がないよおばあちゃん。

東京に行ってからはあまり会いに来れなくてごめんね。
最後におばあちゃんに会ったのは、去年の夏のことだったね。身体が思うようにいかなくて、とてもしんどそうなおばあちゃんに胸が痛くなったよ。なにもしてやれなくてごめんね。
そのとき3人目の子供がおなかにいた私は、3人も育てられるかなあと不安があったんだけど、そんな私におばあちゃんは言ってくれたよね。
「私は4人産んだけえどもね、産んで本当によかったよ」
昔と変わらぬ優しい声のおばあちゃんのその言葉、今もはっきり耳に残っているよ。
おばあちゃんのその言葉に、お見舞いに行っている私の方が勇気づけられたんだよ。
私もそんな風に人生を振り返ることができるように、子育てがんばるからね。
おじいちゃんと一緒に天国から見守っていてください。

おばあちゃん、本当にありがとう。さようなら。

平成二十四年四月九日 孫 ○○○


私は読みながら涙がとまらず、参列している方々もみんな一緒に泣いてくださいました。
おばあちゃんの思い出の味の「ゆかりおこわ」の話をしましたら、おばあちゃんに縁のある人はみんなよく振る舞われていたようで、「私もあのおこわを思い出していたところだった」という方もいました。
私もしょっちゅう食べさせてもらったけれども、そういえば炊きたての温かいおこわは一度も食べたことがないなあ…、おこわが冷める時間の分だけ私達が遊びに来るのを首を長くして待っていてくれたんだなあ…とまたまた今になって気付いて思い出し泣きです。
年を取ると身動きが取りにくくなり、自分から会いに行くのもむずかしく、来てもらうのを待つばっかりになるんだなあとわかり、私も親に孫の顔を見せに時間を作って帰らないといけないなあと思うのでありました。

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